みなさんこんにちは。
成田駅前で会いましょう。
成田市民です。
成田駅
厳密にいうと
・JR成田駅
・京成成田駅
この2つに分かれます。
距離としては徒歩2分ほど
こんな距離感ですね。
成田駅付近には素敵な方やナイスなお店に危ない人たちと様々です。
今の私の日常を彩るのは紛れもなくこのエリア花崎町
全てを書こうとすると秘密や放送禁止が多々ありサイトの運営に響きそうですので書ける範囲で書かせていただきます。
私なりの成田駅の”さわり”の部分を本日はお伝えできればと思います。

1960年代、今から約65年前の成田花崎町となります。
当時はまだ花咲町という表記でした。
なぜ漢字が変更されたかについては長くなりますのでまた別の機会にお話致します。
私がブログを今書いている場所も写ってますね。
【JR成田駅】
1897年(明治30年)
今は無き成田鉄道の終着駅として成田駅が誕生。
成田山への旅客や貨物輸送として利用されていました。
1920年(大正9年)
国に買収され国有化、国鉄(今のJR)となります。
1977年(昭和52年)
空港へのアクセスバスの発着場所としての活用のため、駅の位置を20mセットバックして下げ、新駅舎への立て直しを開始。
1979年(昭和54年)
今の駅の姿に変わります。
1987年(昭和62年)
国鉄分割民営化により現在のJR東日本の駅になりました。
要点を押さえるとこのような流れでしょうか。
セットバック前の1937年の写真と今の成田駅の写真を比べると全然違いますね。


2年程前のJR成田駅前東口
提供いただいた画像となります。
1枚目の画像に大きなシイの木があるのですが
2枚目の画像にも左側に映ってますね
位置関係が分かりやすいかと思います。
だいぶ削りましたね。
ちなみに2009年に始まったJR成田駅前再開発が行われる前は今のロータリーにはコンビニやブランチ柳屋さんといった魅力的なお店がございました。
下記は2012年の成田駅前です。

私が成田に来たのは2016年
一度でいいからブランチ柳屋さん行ってみたかったですね。
余談&市へ確認を取っていないのであくまで町内で伺ったお話ですが、成田市としては2010年代の再開発の際に駅前に地下道を作りたかったようですね。
成田は町内の力が強く、地下にお店が出来ることによって地上のお店の来客数が減るという理由で猛反対、計画は夢と散ります。
ちなみにスカ〇タウンに入っているとある店舗は地下道の話があったからその区分を購入したのに、これでは話が違うと激怒しているようです、そりゃそうですよね。
続いて京成成田駅です。
【京成成田駅】
1925年(大正14年) 12/24
現在の京成成田駅から南西に少し離れた場所に
“成田花咲町駅”として開業
目的は成田山への参拝客輸送
1930年(昭和5年)
線路延長に伴い現在の京成成田駅の場所に”成田駅”が開業
同時に”成田花咲駅”は廃止となりました。
1931年(昭和6年)
“京成成田駅”に改称
1967年(昭和42年)
ホームが6両編成対応
3面3線の形態の今の形になります。
1992年(平成4年)
京成成田東口が完成。
最初は成田花咲駅としての開業
いい名前です。おそらく私が一番好きな四字熟語は”成田花咲”です
看板とか万が一残っていたら買い取りたいです本当に。

ちなみに成田花咲駅だった場所はこの赤丸の部分のようです。
今は何も残っていない更地です。
近所につき実際に行ってみます。



民家の裏にある土地なので気にかけたこともなかったですが身近なところに歴史がありますね。
私道を通って辿り着く場所のなので普通は入ることはないかと思います。
かなり古そうな木造の建築物が。
もしかしたら駅一部だったのでしょうか。
中が気になりますね。。。
地番が不明の為調べておりませんが歴史を考えると京成電鉄株式会社が保有しているかと思い、敷地内もきれいに草刈りが実施されております。管理がされている証拠です。
また京成成田駅は最初西口しかありませんでした。
京成成田東口のリッチモンドホテル、アパホテル、楽々パークや新しい高層マンションが並ぶあのエリアはもともと山で数えるほどの民家と個人商店のみでした。

写真中央部分が京成成田駅東口になるエリアです。写真は1979年。
今と全然違いますね。

とあるお店の方に見せて頂いた昔の航空写真
詳しい年代を忘れてしまいましたが90年代くらいでしょうか。
京成成田駅東口部分が造成されて綺麗な整地になっていることがお分かりかと思います。

1979/12/14(昭54年)の航空写真です。
非常に鮮明な画像ですのでスマホの方はズームすることも可能かと思います。
日吉台は造成はされておりますがまだ建物がありません。
囲碁台はニュータウン方面から道路が駅に向かって伸びてきており、接続まで一歩手前です。
人間の開発力というのは恐ろしいですね。






比較的1970年代付近の建物も多く時代が少しゆっくりと流れている感覚に陥ります。
この周辺は多くの割合の土地を成田山新勝寺が所有しております。
成田山との契約上、建物を一度解体してしまうと再建築できないためそのまま残っているという捉え方もできます。
成田市としては京成成田西口エリアを再開発したい思惑なのでしょうが、大人の事情も絡み、実現の日は遠いかと個人的には思います。
私としては勝手な思いかもしれませんが今ある風景がずっとこのまま残って欲しいと思います。
でもそんなことはあり得ない。
何もかも毎日少しずつ変わっていきます。
いつかはなくなってしまうから愛おしく思えるのかもしれません。
最後謎に感傷に浸っておりますが
まずは成田駅前ということで各駅のご紹介でした。
また成田駅前で会いましょう。
本日もありがとうございました。
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コメント
コメント一覧 (7件)
[…] 目に見えない権利ですが成田駅前も含め世の中 “借地”という形態は多いのではないでしょうか。 […]
[…] 成田駅前 […]
[…] 成田駅界隈も昔は個人商店やスーパーが沢山ありましたが […]
[…] 成田の駅前界隈は […]
[…] 成田駅前は今日も輝いております。 […]
[…] 成田车站前今天也一如既往地闪闪发光。 […]
[…] JR成田駅・京成成田駅から徒歩1分となりアクセスは抜群です。 […]