みなさんこんにちは。
繋がりを感じておりますでしょうか。
成田市民です。
成田在住の方は一度は通ったことがあるのではないでしょうか。
成田駅前とJR成田駅西口エリアをつなぐ
“なかよしトンネル”

こちらですね。
地元民なら熱い気持ちが込み上げてくるはず?です。
何が”なかよし”なのかは不明ですが
このトンネルが作られた理由と過去のこの場所の姿を本日は解説したいと思います。
仲が良いことは素敵な事だと感じております。
友達であれば和気あいあいと
気になるあの子(あの人)であればにゃんにゃんタイムと
なかよしには色んな意味が込められますね。
目次
なかよしトンネルとは
先ほども述べたようになかよしとトンネルとは
成田の駅前エリアとJR西口エリア(囲碁台、新町、ニュータウン方面)をつなぐ重要な通り道。
2003年(平成15年)に完成と比較的近代のニュータイプトンネルです。




トンネル自体は短く無機質な造りをしております。
撮影日が曇りだったこともありますが
正直なところ明るい雰囲気ではなく合理的かつシャープな印象を受けます。
歩道は込み合っているところを見たことが無いような場所ですが
車に関しては常にビュンビュンと走り抜けていきます。
トンネルが開通される前はどうしていたか (旧道の現在)
トンネル開通前の時代も
線路を横断し渡ること自体は可能でした。
航空写真が分かりやす為
開通前の1989年と
開通後の2016の航空写真を比較したいと思います。

1989年 国土地理院航空写真

2016年 国土地理院航空写真
ピンクの矢印の道がトンネル開通前となり
現在は閉鎖されております。
ブルーの矢印はなかよしトンネルを通った際の道となります。
どちらも線路を横切る形となりますが
そもそも成田駅前の裏道と呼ばれる
新道、新々道は狭く一方通行の兼ね合いもあり
当時ピンク矢印の道は非常に込み合ってしまっていたそうです。
俗にいう開かずの踏切になってしまっていたようで
あの狭い道に大渋滞が起きていたかと思うとほんのり興奮しますね。
この線路を避けるためにトンネルが開通されました。

実際に過去に使われていた道を見てみましょう。
場所はこちら


柵の前に置かれた車輪止めが車の進入禁止を暗示します。
現在は完全にクローズ状態。
多少は変わっているかと思いますが場所はこちらになります。
反対側も回ってみてみます。


当時がどうなっていたかは写真の資料がないため
歩きの場合、トンネルの途中から階段で進入することも可能です。
なぜここに階段を入れたのかは不明ですが
新々道から徒歩でのアクセスが良くなるのでしょうか。
人の通りが多いからでしょうか。
階段横には三界万霊供養塔が置かれておりますが
私はこの辺が疎いため、なぜこの場所に存在するのかご存じの方がいらっしゃればお知恵を拝借できますと幸いです。


世の中にはいろんな考え方や信仰の対象があり
普段日常で気に留めない物も一度考え始めると夜も寝れなくなってしまうものです。

階段を下りて

囲護台方面に歩いていきます。

右手に階段が出てくるので上り



道中には祠がございましたが文字が消えてしまい詳細は不明です。
こういうのってどのように調べてば詳細が分かるのでしょうか。
よくよく考えると世の中不明なことで溢れかえっています。
そのまま道沿いに坂を上ります。



到着しました。
この先は進むと民家のみとなりしっかり行き止まりです。
場所はこちら


現在は柵で完全に閉鎖されておりますが
なかよしトンネルができる前はこの道を通っていたようです。
地面に埋め込まれた反射材(ロードスタッド)が車の通り道であったことを証明しております。



電車の頻度も多く当時は開かずの踏切であったと伺います。
今でも成田駅と囲護台方面は大きな段差の構造になっており
車だと簡単に駅から囲護台方面に行くことが難しく他にある道も全て遠回りの構造となっております。
はじめて車で来られた方が迷ってしまうのもうなずけます。
参道、新道、新々道は全て一方通行であることも迷ってしまう要因ですね。
以前他県ナンバーの車が参道を間違って逆走しており
道端を歩いていた地元の方にブチギレられていることを思い出しました。
トンネル部分に存在した映画館・ボーリング場・スーパーマーケット



1946年新築の建物が存在したようで最初は成田東清劇場として
1955年には成田映劇として映画専門になりましたが
テレビの普及により残念なが1969年に隣に存在した成田新映という映画館と共に閉館しております。
その語は成田ゴールドレーンというボウリング場になり
それも時代の流れにより閉館、その後マルエツ成田店として開店しましたが
ダイエーやジャスコの登場で淘汰されてしまいます。
その後は空き地になり現在のトンネルの場所になっているという流れですね。

該当の場所です。
居酒屋のさわらやさんや串本さんもこのタイミングでもともとあった場所から現在の場所に移転しております。


半分私有地化している空き地にはなかよしトンネル計画の詳細が掲げられております。
正式名称は囲碁台踏切立体交差化事業計画という名称のようです。
平成3年から16年の大掛かりな計画。
駅付近の土地は権利関係が複雑ということもありお話をまとめるのが大変だったのかと妄想します。
まとめ


このトンネルができたことにより成田ニュータウン、囲護台方面へのアクセスはかなりよくなりました。
ただ、街への影響として
ニュータウン方面から駅前にトンネルをくぐって来る場合
駅方面に行きたい場合は新道という参道の一本裏の道を通る必要があります。
ここの道路が狭く
そして皆さんかなりのスピードで車を走らせるため
ちょっと危ない時が多いと言いますか
商店街向きの道ではなくなってしまったように思えます。
現に昔の成田はほとんど姿を変えてしまいました。
成田山への参拝客相手の旅館街から
地元民向けの食堂や各生活にやナイトライフに関わるお店がたくさんあった時代
そして今の昼の成田山への観光重視型の構造、
うなぎ屋は夕方閉まる為、夜は一気に外を歩く人数が減ってしまいました。
街は変化を続けることを理解はしておりますが感情の面で追いつかないことがございます。
今ある景色を大切にしたいですね。
最後少しお話が逸れましたがなかよしトンネルについての記事となりました。
本日もありがとうございました。
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