みなさんこんにちは。
存在し続けてますでしょうか。
成田市民です。
暖かくなったと思ったら急に寒くなる
思わせぶりな日々が続きますがいかがお過ごしでしょうか。
そのようなツンデレ体質が好きな方にはいい季節かもしれませんが
私は全力でデレデレにゃんにゃんの方が吹っ切れてて
そちらの方が個人的には好みではございます。
常にホットでいてもらえたら冥利に尽きますね。
そんなわけで今回は東成田駅についての記事となります。
“東成田駅”
利用されたことがある方は少ないと思い
そもそも存在を知らない方が多いのではないでしょうか。
目次
東成田駅 | 基本情報
所在地:千葉県成田市古込
鉄道会社:京成電鉄 / 芝山鉄道
路線:京成東成田線 / 芝山鉄道線
開業:1978年
場所は空港のど真ん中で地下に位置し
成田の方でも利用される方はほとんどいないかと思います。
2024年の東成田駅の
一日平均乗降数は約2,000人とかなり少ない部類に入ります。
ちなみに近隣の駅と比較をすると
成田空港1ターミナル駅 :約35,000人
成田空港第二2ターミナル駅 :約35,000人
京成成田駅 :36,000人
圧倒的な少なさを誇ります。
なぜそんなほとんど使われない駅が存在するのか。
それには成田空港の暗い歴史が関係しており現在の駅の状況も含め解説していきたいと思います。
2026年時点での現地の様子 ① 【外側・ロータリー】

夜ということもありますがこの周辺だけは人の気配がなく
下記ロータリーの画像ですが車もほぼ入ってきません。
※日中も人は少なくこの場所で滞在している方はほぼ皆無です。




地面が沈んでいたり
損傷が激しい箇所がございますが直してもらえる日が遠いように見受けられるといいますか
このまま使用していくんだろうな、という雰囲気がひしひし伝わってきます。
すでに哀愁レベルが高まってきました。


別の入り口もあるようですが使われなくなったのかすでに閉鎖済。


普通に入れますので早速中を確認して参ります。
今の時代にはあまり見かけないヘビーそうなガラス扉が素敵です。
2026年時点での現地の様子 ② 【駅構内】



物音と言えば自分の足音だけ
人の気配はないのですが駅ということもあり
ライトはバッチリついています。
そのコントラストが絶妙な不気味さを演出しており逆に人がいると一瞬ドキッとします。
伝わるか分かりませんがゲームのFALLOUTをプレイしているような感覚になりますね。

懐かしいですね、小学生くらいの時に一時期ハマった記憶があります。
大人になって全くと言っていいほどゲームをやらなくなってしまいました。
むしろこの今生きている人生そのものが
限界が存在しない
良くも悪くも無限の可能性を秘めているゲームのようなものではないのでしょうか。
私個人の感想ですが人生って明確なルールの無いゲームみたいなものだと思っています。
せっかくプレイするなら楽しまないともったいない。
ただ、人様に迷惑をかけるのはよくないのでその点は失敗しながら学んでいきたいですね。


消えかかって見えづらいですが懐かしい系の看板も。
ペリカン便とか懐かしいですね、私も一応20代ですが今の若い子は知らないんだろうなぁ。
1977年から日通が展開していた配達サービスです。
2010年に日本郵便のゆうパックに飲み込まれ消滅しました。


このトラックのおもちゃなんか幼少期の頃、謎に実家にあった気がします。




ちょっと不安になってくるくらい誰もいません、来ません。
駅員の方も常にフロントにいるわけではなく視界には人間が映りません。
俗にいうLiminal Spaceになっており私も含め好きな方はたまらないのではないでしょうか。

利用者が少ないこともありエスカレーターも停止中です。
どことなく貼られているステッカーのニュアンスが懐かしいですね。
当時のまま改装もされず補修も最低限で今日まで運営している感がひしひしと伝わります。
もう一つの出口も見に行ってみます。



無機質な通路を抜け暗い階段を上がっていきましたが第五ゲートの方につながっているようです。
登りきると赤色灯が見え、謎にポリっておりましたのでなんとなく引き返します。

にしても本当に人がいません。
世界で自分だけになった感覚になり落ち着きますね。
寂しいけど妙な安堵感を覚え
人間の頭の中というのは単純そうで様々な感情を同時にごちゃ混ぜにしますね。
空港第二ビルに続く異様に長いトンネル



東成田駅からは空港第二ビル駅まで歩きで行くことが出来ます。
1991年に今の空港の駅ができるまでは空港内にはこの駅しか存在しませんでした。
また第二ターミナル自体も1992年からの運営となりそれまでは第一ターミナルのみとなりました。
当時は東成田駅まで来てシャトルバスや徒歩でターミナルに向かっていました。
第二ターミナルが生まれたことでこのトンネルも生まれた次第です。

先が見えない程に通路が永遠に続いています。
スケートで突き進んだら気持ちいいかと思いますが
空港の人に怒られると思いますので怒られるのに慣れている方にはおススメしたいと思います。
私は怠惰ということもあり進む気になれませんでした、すみません。
往復1kmですからね。
運動不足の方はあえて東成田駅で降りることをお勧めします。
東成田駅の歴史

東成田駅は元々は”成田空港駅”として作られました。
当時の写真を見ると確かにNARITA AIRPORT STATIONと空港駅を謳っております。
当時は京成線のみが空港内に入ることが出来ました。
ただ不思議なのが世界に羽ばたく国際空港の駅なのに
空港についてからシャトルバスで移動というのもあまりスマートではない印象を受けます。
これにはちゃんと理由があり
以前、実現しなかった成田土屋駅という記事でも触れておりますが
本当は東京から成田空港まで新幹線を通す計画があり
空港直結型の駅が生まれる予定でした。
ただ、空港に対する激しい反対運動や建設費の高騰
時代のニーズの流れにより計画は中断してしまいます。
下記運輸省の資料の一部となりその点について言及されております。

1991年:成田空港駅が開業
1992年:空港第2ビル駅が開業
直結型の駅が生まれたことで東成田駅は利用されなくなり始めます。
空港に行くのにわざわざ不便な方を選ぶ必要が無いですからね。
もともと暫定的な存在だったこともあり1991年の今の成田空港駅が開業した時点で
“成田空港駅”から”東成田駅”に名前も変更となりました。
そして時間の経過により今ではほとんど誰もいない駅になってしまいました。

過去に撮った写真ですが駅内には仕切り壁が多数設置されており
壁の向こう側はこのような当時の残骸が残っているという非常にノスタルジーかつ寂しさが漂う風景です。
椅子とか放置されて可哀そうですね、静かに泣いているように見えます。
つい買い取りたくなってしまいますね。
なぜ廃止されないか 成田空港の暗い歴史との関係
ではなぜ人が来ないのに廃止されないのか。
それには空港の明るくない歴史に起因しております。
国が一方的に建設を決めたということもあり
成田空港は建設時に反対運動が激しく警察や反対派の中に死者も出ました。
この街は空港の税収や集客力の恩恵を受けているのは紛れもない事実で
私自身も様々な面で空港の恩恵を得ております。
ただ、今空港になっている場所で生きていた人達の生活が消え去ってしまったことは事実です。
空港のような大きな施設は街や交通の構造も変えてしまいます。
事実、成田空港の位置関係により芝山方面は成田市街と分断されてしまっている状況です。
その補償事業として”芝山千代田駅”が2002年に開業しました。

この駅があることで芝山の住民の方々が成田駅まで行くことが可能です。
計画は80年代からありましたがこの計画もかなり大変だったようで実現に時間を要しております。
芝山鉄道の鉄道路線は2.2kmしかなく
普通電車では日本一短い鉄道です。
一日の乗降者数は約1500人と非常に少なく
とてもとても赤字の状態。
なぜ運営が続けられるのか。
シンプルにまとめると
普通の鉄道ではなく様々な民間企業、団体、自治体が出資し運営する第三セクターという形を取っております。
出資元は成田国際空港株式会社や京成電鉄、成田市、千葉県などなどですね。
完全な民間の会社であればとっくに廃線になっている財政状況ですが
この千代田駅の存在意義は地元住民への補償
どんなに赤字でもそこに存在させる必要があるという特殊な事例です。
そしてこの芝山千代田駅に唯一接続しているのが東成田駅という構造。
つまり芝山千代田駅が補償事業として存在し東成田駅しか繋がっていない限り
東成田駅を廃止することができないという状況です。
もちろん南部貨物地区への通勤の方が利用することもありますが利用は非常に限られております。
成田空港開港の当初の構想が叶わず
暫定や仮という形を取り続けた結果が今の成田空港の姿を形成しております。
役目をほぼ終えたが政治的理由で今も稼働し続ける東成田駅
みなさんも行く機会があればぜひ行ってみてくださいね。
本日もありがとうございました。
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