みなさんこんにちは。
始まりをご存知でしょうか。
成田市民です。
成田といえば
成田空港
そして成田山新勝寺です。
1085年の歴史を持ち年間1,000万人以上が訪れる寺院
USJの来場者数が約1,600万人
ディズニーは約2,600万人
宗教施設としては異例の規模になります。
そんな成田山新勝寺に行かれたことがある方も多いのではないでしょうか。
実は成田山新勝寺はもともとは今の場所ではなく
成田エリア内を転々とし現在は今の場所に落ち着いている形です。
ではどこが最初の成田山新勝寺になるのか。
本日は成田山の始まりについてお話をしたいと思います。
時代は遡り平安時代 (西暦940年頃)
平将門という武士が現在の千葉県を中心に朝廷(現在の政府)に対し反乱を起こしました。
目的は独立国家を作ること。
各地の豪族をまとめ上げ勢力を増していきます。
京都の朝廷は
これはまずい、やられるかもしれないと感じ
成田の地へ寛朝大僧正(かんちょうだいそうじょう)というお坊さんを不動明王の御本尊と一緒に派遣します。
理由としては
成田で護摩を焚いて祈りを捧げ
この乱を鎮める為です。
現在の大阪から船で出発
そして現在の山武郡横芝光町から上陸します。
こちらですね。
その後現在の成田市並木町付近へ移動し
21日間に渡って護摩を焚き
願いが通じたのか
平将門に矢が当たり教科書にも載っている平将門の乱が終了します。
その後、不動明王御本尊はこの地に留まることになります。
京都には戻らなかったのですね。
その御本尊は現在の成田山新勝寺の大本堂内に安置されています。
本日は祈りを捧げた場所
つまりは最初の成田山にあたる場所です。
諸説があるかと思いますがオフィシャルでは下記の場所が最初の地と言われております。
けっこう街中です。
早速行ってみたいと思います。




成田市民の方であれば
あそこね!ってなる方も多いのではないでしょうか。
カーブ沿いにある為、運転に集中することもあり
なかなか気づかないですよね。
ここが最初の成田山新勝寺と言われております。
ただこの場所で祀られているのは不動明王だけではありません。


金毘羅様
商売繁盛・交通安全

十九夜様
安産・子育て・女性守護

二十三夜様
家族・村落・五穀豊穣


そしてお不動様
煩悩退散・厄除け・交通安全など
人々の心にまとわりつく迷いや煩悩を取り除きます。
私も成田で生かされているため
お不動様には定期的に手を合わせる様にしております。
特に特定の宗教があるわけではないのですが
一種の郷に入っては郷に従えかと個人的には考えております。

この場所には様々な神様が祭られている事が分かります。
これは推測になりますが元々は別の場所にそれぞれ祭られており
街の開発や区画整理等でこの場所に最終集められたのではないでしょうか。
地域の人に大切にされてきたのかと思います。
境内(けいだい)は綺麗に整備されており
定期的にメンテナンスも入っているようです。
一応土地の所有者を調べてみますと
2015に売買と記録されており
買主は成田山新勝寺です。
以前は旧大蔵省が所有していたようです。
以上が成田山新勝寺の始まりの場所についての解説となります。
みなさんも並木町にお越しの際は是非お参りに訪れてくださいね。
本日もありがとうございました。
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