みなさんこんにちは。
夢を持っておりますでしょうか。
成田市民です。
清らかな風にまだ緑が残るこの季節
以前LITTLE ITALYで会ったカリフォルニア出身の方が
ご自身のHOODのことを” breezeeeee “と目を瞑り笑みを浮かべながら話していたことを思い出します。
一年で最も”快適”な季節を楽しみたいと思います。
また同時に
秋思(しゅうし・秋に感ずるさびしい物思い)
という言葉の通り秋といえば哀愁です。
ふと寂しくなる瞬間がありますね。
そんなわけですので本日は
実現されなかった” 成田新幹線 “について
お話をさせていただきます。
場所はこちらです。
土屋のイオンモール成田、ドン・キホーテ、ケーズデンキの近くです。
明らかな空き地が見えます。

ケーズデンキとEARTH成田店の間から入ります。





ラウンド型に整備された土地。
元々ロータリーになる予定だった場所ですね。
ロータリー部分で5,000㎡
公衆用道路で所有者は成田市となります。
勿論バスも止まらず今では車で休憩に来る人達がちらほらいらっしゃくるくらいです。
線路の方に目を向けます。




線路が途中でぶった切られてしまっています。
なんだか悲しくなりますね。
ここで”成田新幹線計画”についてまとめます。
| 年代 | 出来事・構想 |
|---|---|
| 1966年(昭和41年) | 新東京国際空港(後の成田空港)建設が閣議決定 |
| 1970年(昭和45年) | 全国新幹線鉄道整備法公布 |
| 1971年1月〜4月 | 成田新幹線の基本計画公示および整備計画決定 |
| 1970年代前半 | 用地買収・事前整備着手 |
| 1974年頃 | 工事着工(初期) |
| 1970年代後半 | 反対運動、許認可への訴訟、遅延 |
| 1977年(昭和52年) | 「成田新高速鉄道構想(田村構想)」の打ち出し |
| 1983年(昭和58年) | 工事の凍結・事実上の停止 |
| 1984年(昭和59年) | 北総鉄道 Bルート案 採択 |
| 1987年(昭和62年) | 成田新幹線の基本計画失効・中止正式化 |
| 1988年 | 成田空港高速鉄道会社設立 |
| 1991年(平成3年)3月19日 | 成田空港駅開業、在来線アクセス運行開始 |
| 1991年以降 | アクセス改善、スカイアクセス線整備へ |
| 2010年(平成22年)7月 | 京成成田スカイアクセス線 開業 |
色々ありましたね。
地元から大反対を受けたり
当時の事業主体である国鉄の財政悪化により新幹線どころでなくなり
代替え案(現在の成田スカイアクセス線)が採用され
可哀そうなくらいタイミングが悪く1987年に正式に計画が中止されます。

緑道の抜け道がありますがここを通る人は少ないのではないでしょうか。

ふと、ロータリー隣の空き地が不自然に仮囲いで囲まれている事に気が付きます
上空から見てみると下記の様子です。

赤丸の部分になります。
これも市の土地でしょうか。
調べてみるとこの赤丸の土地は市の物ではなく
厳密には土地の番号が3分割されています。
こんな様子です。

土地区画整理換地処分※にて生まれた土地です。
※もともと山や田んぼだったところを開発すると地形や道が変わる為
土地を提供していただく代わりに新しく整備されたこの土地を差し上げます。
というような内容です。
元々の土地の所有者のメリットとしては
周りの道路状況や区画が整理されることにより山や田んぼのままより土地の資産価値が上がりやすくなります。
元々は
【土地A】 開発系会社
【土地B】 成田市土屋土地区画整理組合
【土地C】 個人
こんな状態でしたが
それぞれの土地が
ホテル業者、大手不動産会社、債務回収会社、地元不動産会社など多数の売買が繰り返されます。
商業用地はどうしてもこのように売買が繰り返されたり差し押さえがあったりと歴史が生まれがちですね。
現在は千葉県内の開発系の会社が3つの土地を全て取得し保有しています。
だからすべてを大きく囲むように仮囲いが設置されているのですね。
商業施設用地としての活用として投資・投機的な動きをしています。
ただ今のところ何も建つ様子は見受けられません。
駅が出来なかったことはもちろん
本来であれば商業用地として活用されるべき土地に影響が出てしまうことは切ないですね。



緑道を抜けるとイオンモール成田の立体駐車場が見えてきます。



幻の”土屋駅”になるはずだったこの場所
構造体は出来上がっていますが建物としての
壁も床も何も加えられずこのままの状態です。
現在は駐車場としての活用がされております。
成田市の2023年に公表された都市計画では
“ウイング土屋駅”という名前の駅をこの場所に作る計画自体はありますが
別ルートでのアクセスも計画されており、この計画はまだ何も具体性を帯びていない状況です。
この途中で工事が止まった構造体も活用されるその日を静かに待っているのではないでしょうか。

新幹線開通の夢の跡を尻目に飛行機がハイスペースで飛び交います。
私としては新幹線が通ってくれたらそれはそれで嬉しいのですが
実質スカイライナーや成田エクスプレスがその役割を担っている状況となります。
過去に置き去りにされてしまい未来が不透明なこの土地の有効な活用が出来たらいいですね。
成田新幹線に関する記事は比較的多い為
本日はその隣の商業用地について厚めに解説をさせて頂きました。
また別の記事で詳しく書いていきますが
土屋エリアは最初はほとんどが田んぼとなり空港の燃料中継基地で一時期活用されました。
燃料パイプが空港まで開通された為、基地としての役目を終え解体。
その後広大な土地の活用の際にイオンが参入してくれたおかげで今日の成田ので豊かな買い物環境がございます。
新幹線計画も失敗し、土屋駅も夢に終わった、困り果てた中でイオンから受けた恩恵は計り知れないものかと思います。
みなさんもぜひイオンモール成田にお越しの際は裏手なので是非一度訪れてみてくださいね。
本日もありがとうございました。
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