みなさんこんにちは。
佇んでおりますでしょうか。
成田市民です。
先日、成田駅前の聖域である権現山について解説しましたが
今回は続編としてほぼ同じ場所に位置する御竹稲荷および周辺のエリアの様子について解説致します。
下記記事をご覧いただくことでよりイメージがつかみやすくなるかと思います。

成田駅前は再開発の動きがある一方
時間が止まったままの不思議な場所が多々あり
今回ご紹介する場所は
成田の方もほとんど知らないような場所になるかと思います。
目次
1.権現山裏手の玉垣 | 成田町の名士や遊郭関係の名前も
先日ご紹介した権現山の裏手


江戸赤坂のお花講が成田山新勝寺への献花用の畑を購入した際の記念碑や






歌舞伎役者関係の石碑もございます。
成田山と歌舞伎には深い関係がありまた別記事で解説致します。
またこの石碑が設置されている場所は玉垣の上部となり玉垣には様々な名前が彫られています。
なぜこの石碑だけ立派な玉垣の上に鎮座するのかが謎です。








成田町だったころの玉垣も発見しました。
今でも現存する駿河屋さんや柳屋さんの名前も
名前も見る限り地元の企業の方々のように見受けられます。
多くの玉垣に名前が彫られておりますが、
このエリアが色町だった頃の名残で遊郭関係の名前も多く存在します。
この花崎町エリアは風俗環境浄化重点地区にも指定されており
歴史やなぜそうなったかは下記記事で解説しておりますので是非ご参照ください。
呉服屋や料理屋関係も多く
その時代に繁栄した商売を映していますね。
殆どがもう存在しないのではないでしょうか。
商売というのも永遠には続かずいつかは終わりを迎えます。

玉垣の目の前には民家があり境界があいまいになっているように見受けられます。
また、これは推測なので違ったら申し訳ないのですが
この一帯は成田山所有の可能性が高いかと思います。
全地番を調べたいのですが登記取得費用が馬鹿にならない為
一部を確認したところやはり所有者は成田山新勝寺になっておりました。
2. ストリートビューが存在しない細道

権現山を背にすると
車は通れなさそうな道が続いています。
Google のストリートビューもここは通っていないようです。


猫が目の前に現れ
ついてきなさいと言わんばかりに奥へと進んでいきます。
そもそも私道なのか私有地なのかもわからない程の曖昧な場所です。
一般の方はまず通ることが無い場所かと思います。


なにやら祠のようなものが見えてきました。
次項で解説したいと思います。
祠に気を取られていると猫は気が付いたらいなくなっていました。
3. 裏路地にひっそり佇む御竹稲荷神社


この場所は御竹稲荷神社と言い
具体的に何が祀られているかの資料が見つけられなかったのですが
恐らく倉稲魂命(うかのみたまのみこと)ではないでしょうか。
商売繫盛や火伏せの神様と言われており、商売が盛んだったこの街で長い間見守ってくれて来たのではないでしょうか。
この地域に住む方々が管理されているのでしょうか。
よくこの横を通りますがいつも整然とされておりこの場所が大切にされていることが伺えます。


祠の裏に更に小さな祠があり
人形のようなものが安置されております。
誰かが意図的に置いたものだと思いますがドキッとしますね。
私はビビりなので夜に来なくてよかったです。
誰が何の意図を持ってかは分かりませんが信仰心というのは興味深いものがありますね。


小さな山の上に位置しており
成田ではおなじみのラーメン屋さんが並びます。
ここも元々は線路が走っていたようですが廃線となり後に新々道となったようです。
4. 100年前のこの辺の様子

明治40年(1907年)の成田駅前の様子です。
すでに権現山も御竹稲荷神社も存在していることが確認できます。
現在の成田駅前に鉄道が開通されたのは
明治30年(1897年)当時は国鉄ではなく地元の有力者が作った私鉄でした。
当時は成田鉄道と言い、佐倉~成田間を走りました。
目的はもちろん成田山新勝寺への参拝客の輸送です。
成田山新勝寺があったおかげで現在の成田駅があるようなものです。
地図を見てみるとまだ新道や新々道がなかったり
京成線が通っていなかったりと今とは様子が大きく異なり
お店も聞いたことがないものが多く時代の移り変わりを感じます。
ただ、ところどころ今でも有名な名士の苗字のお店があったりと
不動産屋として色々納得な部分もあるため昔の地図というのは本当に面白くて貴重ですね。
5. 時間が止まったままの場所

振り返ると猫がこっちを見ています。
戻る時間のようですがその前に
神社の横に細道があり入ってみると




道といいますか人の家の敷地を通って別の家に辿り着くスタイル
都市計画法の前の時代は家が先に出来てその後に道ができる流れだった為
このような場所が多かったのではないでしょうか。
それにしても今ではあまり見かけないオールドスクールなタイプの家が多いです。
この一帯が新しい家に建て直されない理由を私なりに考えてみると
この場所はそもそも道路にも接道していない為
再建築許可が下りない可能性が高いです。
また、家は自分の物でも土地は成田山の物で
解体後は成田山へ土地を返さなくてはいけないパターンもございます。
この辺の家を見ていると増改築がされているように見受けられ
建て直しは出来ないけど最大限活用や改修を行ってきたのではないでしょうか。
この一帯だけ時間が止まっているように思えます。
6.まとめ

以上が成田駅前裏路地に存在する御竹稲荷の解説となりました。
前回も解説した通り
成田駅前は再開発の動きがありますがこのように誰にも触れられない聖域が存在します。
成田山が所有する土地は一度、成田山へ返却してしまうと基本誰も触れることが出来なくなり
更地のままになってしまうケースが多く存在します。
複雑な事情が混在する成田を今後も解説していきたいと思います。
本日もありがとうございました。

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