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【成田】成田山はカップルで行くと別れるのか | 旧花咲町 赤線地区との関係

みなさんこんにちは。

にゃんにゃんしておりますでしょうか。

成田市民です。

 

成田の1月は非常に慌ただしく

無駄に成田駅付近で混んでしまう51号線がこの季節を感じさせます。

成田山への参拝客が集中するためです。

その為、成田駅付近に住まいがある方はこの時期はげんなりします。

成田あるあるですね。

 

今年の写真ではないのですが参道の坂は地獄のような光景です。

私は人混みが苦手なことがもありナイスとは言えない状況です。

成田山にまつわるお話として

「カップルで行くと別れる」

こんなお話を聞いたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

お不動様の剣でお二人の関係性をぶった切るのでしょうか。

※出典:成田山新勝寺公式ホームページ

私個人的にはお不動様はそこまで暇じゃないですし

そんな陰キャ気質な方ではないかと思います。

※実際には境内に祀られている弁財天様が女性の神様で

嫉妬深くでうんぬんあるのすが

ヤングのにゃんにゃんをわざわざ引き裂く趣味があるとは思えません。

これだけの人が参拝したらきりがないですし

別れさせる方もオーバータスクではないでしょうか。

ではなぜそんな噂が流れたか。

 

江戸時代

成田山への参拝が流行っており

片道60km程の道のりを江戸から徒歩で

数日掛けて歩いてこなければなりませんでした。

参拝にはルールがあり

成田山への参拝が終わるまでは”精進”しなければいけない

これはその期間は酒を断ちお肉は食べてはいけない

女性に触れるのもNGです。

では参拝が終わった後はどうなるか

 

“精進落とし”という文化はご存知でしょうか。

簡単に言うと参拝した後はもとに戻っていいよ!

という内容です。

成田山付近の旅館で楽しい宴の始まりです。

 

成田山付近にございます現在の花崎町エリアは

江戸時代に小規模な遊郭(現在でいう風俗)としての側面を持ち合わせていました。

全国的にも有名なお寺の近くに遊郭があるのはよくある話です。

また戦後赤線地区※の時代もあり当時は花咲町という名前でした。

※1946~1958年売春防止法施行までの警察による売春黙認エリアのこと

“花咲町”という地名自体も1974年に正式に現在の”花崎町”に変更されています。

 

“花が咲く町”

どうしても女性を連想させる為

イメージを変えたかったのはないでしょうか。

事実、このエリアには風俗環境浄化重点地区という

穏やかではない看板が未だに掲げてあったりと

間違いなくこの場所に風俗環境が存在した証拠があります。

私は花咲町の方が好きですけどね!

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